毎年秋にドイツで開催される学生セミナーで、総合文化研究科の欧州研究プログラム(ESP)をはじめとして、東京大学大学院の修士課程に所属する学生が主たる対象です。日本からドイツ・フランクフルト空港までの航空運賃とEFA参加費(2007年度は1350ユーロ:2人部屋での宿泊、3食、ドイツ国内での移動費を含む)は参加者の負担となります。この自己負担分の一部に対してセンターの助成金を充てることも可能です。
教育プログラム
学生セミナー:ASKO=DESK=EAO European Fall Academy
2008年度
“The European Union as a Global Actor"
ドイツ・ヨーロッパ研究センターでは、2008年9月にASKOヨーロッパ財団、オッツェンハウゼン欧州アカデミー(EAO)とともに、ヨーロッパ研修セミナー“The European Union as a Global Actor”を開催しました。セミナーでは、「グローバルアクターとしてのEU」をテーマに、ドイツ・ザールラント州にあるヨーロッパ・アカデミー(EAO)で、トリア大学のヨアヒム・シルト教授などヨーロッパ各国のEU研究者による講義を受講しました。また、ブリュッセル、ルクセンブルクなどにある欧州諸機関を訪問しました。(使用言語:英語、会場は主としてドイツですが、ドイツ語は不要です。)
European Fall Academy 2008 “EU as a Global Actor”参加記
堀内順子
東京大学公共政策大学院
はじめに
2008年9月のEuropean Fall Academyに参加するにあたりEUという特異な政体は何を目指し、どこに向かっているのかについて現地に行き、現地の研究者、教授や実務家の方々から知見を得られると思った。本セミナーのテーマは、”EU as a global actor”である。そうするとEUは国際舞台において一つの主体として統一性及び一貫性を持ちながらある特定の目標を追求するのを目指すのだろう、と考えていた。しかし、同セミナーに参加して思ったのは、EUは試行錯誤を繰り返し、将来どこに向かうのかについて明確な計画をもたない政体であることだ。これは、超国家でもなく国際組織でもなく、特別な“of a unique kind” (講師の一人であるGisala Mueller-Brandeck-Bocquetの言葉)であるということに起因する。EUがその目標追求において多様なのは、その内部組織が多様であることを反映している。その多様性は、EUの地域的、機能的規模の拡大そして、加盟国数の増大による規模の拡大の結果である。ここでは、講義で扱われた具体的な政策分野を例に、EUがいかに多様性を内在し、それにより進むべき方向の模索を繰り返し、また今でも模索していることを、セミナーで出会った現地の研究者や実務家の声に可能な限り忠実な形で示す。
Ⅰ 政策分野別に見たEUの多様性
A. 開発政策
EUは開発政策分野においては積極的に行動しているのであるが、成果が伴っていない。それは全体像についてEU内で一貫した共通目標がないからなのかもしれない。Rachel Folzは以下のようにEU開発政策の強みを指摘しつつも、その弱さをも明らかにした。強みは、EUそして加盟国の経験やノウハウを合わせることができること、政策手段が多様であること(環境、安全保障、通商、対外政策)、基金があること(インフラ整備など大きくかつ多額の援助ができる)、国際的に公正で頼りになる援助主体だと見なされていること、途上国にとってEUのような地域統合がモデルとして捉えられていること、である。しかし、弱みとして、委員会内の総局間の対立、委員会と加盟国間での対立、全世界的なアプローチの欠如(ラテンアメリカは援助対象国に入っていない等、グローバルな戦略がない)、成果が伴っていない点(貧困が改善されていない、ACP諸国に対する特別な関係が実は発展の阻害要因になっているかもしれないという懸念)、が挙げられる。具体的には加盟国間でどこにどれ程援助を与えるのかについて意見が分かれている点、欧州議会の不十分な参加による民主主義の赤字、一貫性の欠如が課題である。
EUの開発政策が捉えるべき地理的な規模は確定されていない。世界の平和や安定についてEUは行動すると決意を表明するのであれば、遠く離れたインドネシアや東南アジアにおける問題にも対処しなければならない。しかし、そのために時間、資源、金を費やす必要性は本当にあるのかと域内では意見が割れている。
以上のように、開発政策についてEUは多くの強みを有しているにも関わらずその内部の多様な意見の衝突のため効果が伴っていない。
B. 環境政策
環境政策に関してEUは長い間遅れをとっていた。それは域内の対立によるものである。しかし、今では京都議定書を推進し、環境議論においてリーダーシップをとろうと積極的に活動している。環境問題はEUだけで解決できる問題ではなく、また、域内にはエネルギー依存度に関して多様性がみられるとしても、EUは環境政策においては共通の目標を設定し、進むべき方向を見いだしているようである。
C. 安全保障政策
EUの対外政策は長い間進展がなかった。外交政策には各加盟国の対外政策を調整する必要があるが、冷戦の間フランスの強硬な反対もあり難しかった。情報の交換もなく、各国がどのようなスタンスにたっているのかもお互い分からなかった。共通の宣言はなされたとしても共通の行動にはつながらなかった。90年代に入り、マーストリヒト条約の下でCFSP(共通安全保障政策)が始まった。しかし実際に転換が起きたのは、ユーゴ空爆にて、EU対外政策のもろさを痛感したときだ。EUが、アメリカから独立しアメリカに頼らないEU独自の安全保障政策(ESDP)を発展させ始めたときである。ESDPは国際紛争処理、平和維持活動を中心とするもので、古典的な防衛という機能はない。Marco OverhausはEUのESDPの特異な点として軍事及び非軍事活動ができること、広い視野を持てること、また広い価値観を共有していることを指摘した。
しかし、同政策もイラク戦争時にみられるように域内に大きな分裂があるとき対外にもたらす影響力は小さい。ESDPには、四つの要因により加盟国内で分裂が起こりうる。それらは、各加盟国の主権の制限の度合い(政府間主義または主権の委譲)、他機関との関係(NATOなど)、安全保障の捉え方(NATO 中心、ESDP中心、あるいは相互補完的)、地理的優先順位(ロシア、東欧、地中海、アフリカなど)である。また人力や兵力の制限があるのでアメリカのような軍事行動を起こせるわけでもない。結局紛争処理に限定され、NATOやアメリカとの協力関係がなければ本格的に紛争を止めることはできないであろう。
また、EU共通の安全保障政策の政策決定の難しさがある。Gisala Mueller-Brandeck-BocquetはEU政策の問題としてあるのは、一貫性の欠如というよりは効率性や強さの欠如だと言っていた。安全保障政策は早くそしてより頻繁な決定を必要とすることが多いが、それは27カ国では停滞してしまう。反対に、27カ国が合意すればその決定は強く、一貫性をもつものになる。また、対外政策が一貫性をもつときそれはEUが共通の意思をもち統一性を維持している証明になるのである。合意に達するときとはどのような場合であろうか。オーバーハウスによるとそれは、ESDPの目標やミッションに正統性があるとき、また軍事的キャパシティーがあるとき、と二つの条件を挙げている。
EUは軍事国家に変容するべきなのか、それとも今ある姿は充分効率的な実効的であるのか。しかし上記に述べたように前提問題として、EUは能力的に軍事国家になれるのか、とEUはなお模索している。
D. 拡大・近隣諸国政策
EUの拡大政策には、当初青写真がなかった。理論的なアプローチ方法もなく、何か新しい事態に適応し対応する必要があるときに、EUはその実施のため行動を起こしたという程度であった。拡大の経験一つ一つがEUは統一性をもって行動できるか、というテストケースとして見られていた。それでも加盟プロセスを管理下に置かなければならないという強い意識はあり、加盟交渉決定の時期、交渉が実際行われる時期、といった加盟スケジュールに関して主導権を維持した。拡大政策は時間が経つにつれ発展し改良されてきた。2004年の東欧拡大にはアキを細分化しそれぞれを東欧諸国が満たすため、詳細なガイドラインをEU側が作成した。同政策はEUが共通責任者、共通プレーヤーになることでEU対外政策としては成功したと言われている。確かに、旧共産諸国は安定を取り戻し、近代化、民主化、ヨーロッパ化のために発展している。
東欧諸国拡大により蓄積されたノウハウをEUは今近隣諸国政策に応用している。近隣諸国政策とは加盟を前提としない協調・戦略関係の推進である。加盟交渉のような厳格な条件を付したりはしないが、EUの価値とされる民主主義、法の統治、人権の尊重などの遵守を求め、その代わりにEU市場へのアクセスを確保したり、技術供与を行っている。
Ⅱ 政策横断的に見たEUの多様性
上記に見てきた通り、EUは様々な対立を内部に抱えながら一つの政体として機能しなければならない困難性に直面している。我々は何であろうか、という問いは、我々はどのように線を引くか、の問いと同じであるとJoachim Schildはセミナーで語った。その線引き問題は、EUにとって欧州として共通して行使する政策と加盟国の国家的自立性を維持した政策の度合いの兼ね合いである。また、青写真がない中、試行錯誤で進むべき道を模索している点もEUの特徴である。Marianne KneuerもEUの民主主義推進者としての役割について、それは段階的な結果であり、もともとマスタープランがあったわけでない。ケースを積み上げていくことでまた応用経験を蓄積することで一般化された政策ができたと言っていた。シールドは国際的なフィールドにおけるEUの活動は、外圧、今まで蓄積された経験や試行錯誤、そして域内制度組織に影響され、変えられるといった。また対外政策に影響を及ぼす制度的要因はあるが、政治的意思も重要視していた。
加盟国の対立や調整に最も頭を悩ましていると思われる委員会はこの問題についてどう思っているのだろうか。欧州委員会のAndreas Herdinaによると、政策には時間軸があるので今反対でも今後賛成するかもしれないと考えて機会を待つ、また自国利益ばかりを考えているのは本当に自国にとって重要な問題があがったときに反対されてしまう可能性を指摘し、たまにはヨーロッパの利益を考えた行動をとることを勧めるという手法があることを紹介していた。
EUは他に例をみない政体である。古くそして新しい課題を常に抱え、内部の多様性を様々な政策に反映しながら日々動いている。この特異な存在がこの先どのように発展して行くのかについて、これからも注目していきたい。
最後に
本セミナーでは、EUのことをEU諸国出身の教授、研究者や実務家に、EUの中心地に実際滞在しながら勉強するという大変貴重な機会に恵まれた。セミナーに参加し、少し現場感覚がついたかなと思う。東京大学に戻り、今学期、セミナーで学んだことをきっかけに更にEUについて理解を深めることができるゼミや講義を重心的に履修することに決めた。今後もEUについての関心を維持し、動向をみていきたい。セミナーでは、欧州議会、欧州委員会、在EUイギリス大使邸を訪れることができ、またドイツ料理、ドイツビール、ドイツの文化を楽しめる機会も十分にあった。ASKO財団、Europaeishe Akademie Otzenhausen、そして東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター(DESK)に心より感謝申し上げたい。
日程
2008年9月14日(日)~25日(木)
主催およびパートナー機関
・東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター(DESK)
・ASKOヨーロッパ財団
・ヨーロッパ・アカデミー・オッツェンハウゼン(EAO)
プログラム
9月14日
Arrival of the students
9月15日
Welcome address
Prof. Dr. Joachim Schild, Universtity of Trier / European Academy Otzenhausen
Dr. Michael Meimeth / ASKO EUROPE FOUNDATION
The EU as a global actor: an introduction
Prof. Dr. Joachim Schild / University of Trier
Discussion: Introduction into the program
Prof. Dr. Joachim Schild
The European Union’s Enlargement and Neighbourhood Policies: Its Most Successful Foreign Policy Tools?
Dr. Barbara Lippert, Deputy Director of the Institut für Europäische Politik, Berlin
Getting to know each other / Expectations of the participants, Getting familiar with the EAO and the surrounding area
Dr. Elisabeth Schmitt, EAO
9月16日
A Coherent Actor? EU Decision-Making in the Field of External Relations
Prof. Dr. Gisala Müller-Brandeck-Bocquet, University of Würzburg
Workshop: Partners, Strategies, Policy instruments of the European Neighbourhood Policy (ENP)
9月17日
Workshop: Europe on the Web: Online Sources and Research Strategies
Dr. Elisabeth Schmitt, EAO
Working groups: Searching for Information on the EU’s Trade Relations and Development Policy
Dr. Elisabeth Schmitt, EAO
Plenary session: Presentation of the Working groups' research strategies and results
Visiting the Celtic Ring Wall / Kerstin Adam, Forum Europa e.V.
9月18日
European Development Policy: Past Record and Future Challenges
Rachel Folz M.A., University of Trier
Workshop: Development policy : the EU and Japan compared
9月19日
Sight seeing: The Roman Heritage of Trier (Guided Tour)
Europe and Japan: Partners in Building a Global Order?
Prof. Dr. Hanns W. Maull, Department of Political Science, Trier University
9月20日
European Energy Security Policy
Prof. Dr. Mathias Jopp, Director of the Institut für Europäische Politik (IEP), Berlin
Kyoto and Beyond: Which role for Europe in International Policies on Climate Change?
Severin Fischer, Institut für Europäische Politik (IEP), Berlin
Workshop: Energy Supply and Policy on Climate Change: A common challenge for Europeans and the Japanese
Bowling Championship
9月21日
International Crisis Management: The European Contribution Through ESDP (European Security and Defence Policy)
Dr. des. Marco Overhaus, University of Trier
Free time of the Japanese students
9月22日
Trip to Brussel
Visiting the European Parliament
Visiting the European Commission / N.N. : Lecture on European Enlargement and European Neighbourhood Policy
Visiting Brussels
Visiting the UK Permanent Representative to the EU, Sir Kim Darroch
9月23日
Transfer to Luxembourg
Visiting the Representation of the European Commission
The European Union and recent topics
Burkhardt Schmidt, Legal Counsel
Guided tour in the city of Luxemburg (Point of departure: Place de la Constitution)
9月24日
The European Union: A Promoter of Democracy and the Rule of Law
PD Dr. Marianne Kneuer, University of Erfurt
Evaluating the Summer Academy
Closing Ceremony and Awarding of the Diplomas
Farewell Dinner/Farewell Party
9月25日
Check out of the students at the European Academy
問い合わせ先