シンポジウム・研究会等の記録
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菊地大悟(地域文化研究専攻 博士課程)
DAAD若手研究者会議参加報告記(IGS、バーミンガム)

 7月24日から26日までバーミンガム大学付属ドイツ研究所(IGS)において開催されたドイツ学術交流会(DAAD)の若手研究者会議(Nachwuchskonferenz)に参加した。初めて開催される若手研究者会議(似たような会議は前年に北京で開催されているが、DAAD自身がこのように位置づけている)とのことで、どのようなものなのかほとんど情報が知らされないままに現地に赴いたが、IGSの周到な準備のおかげでとても快適な時間を過ごすことができた。
この会議は、DAADが助成しているドイツ・ヨーロッパ研究センターから推薦された大学院生が自身の研究を報告する場として開催された。世界約20の大学に置かれたDAADドイツ・ヨーロッパ研究センターのひとつが東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター(DESK)であり、バーミンガムの拠点がIGSであると理解してよいだろう。

「ドイツの過去とヨーロッパの記憶―21世紀における独裁とデモクラシー(Die deutsche Vergangenheit und das europäische Gedächtnis: Diktatur und Demokratie im 21. Jahrhundert)」とテーマとして掲げていたこの会議では、参加学生の専門領域はドイツ現代史であることが多かった。とはいえDAADが求める学際性が反映されていることや、報告内容や研究の段階、報告方法は参加者の自由であったため、多彩な研究に出会うことができた。参加学生は、修士論文執筆中の者もいれば博論提出間近の者もおり、国もバックグラウンドも非常に多様であった。DESKからは筆者の他に、伊豆田俊輔氏が会議に参加した。ともに東ドイツ史を専門とするが、ドイツの過去や独裁をテーマに選択していたため、東ドイツ関係の研究が多くみられた。東ドイツ研究が多いのは史料のアクセス状況の向上や、ドイツ現代史上のトレンドでもあるが、我々の世代は物心ついた頃にはすでにドイツは統一されていた世代であり、外国人であればなおのこと、東ドイツに関して知りたいという思いを共有しているのかもしれない。

各自の研究報告は、30分時間が与えられ(これは厳密に守られることはなかった)、講演とディスカッションをするという形式であった。各セッションの司会者によっては講演を全員済ませてからまとめてディスカッションの時間をとるということもあった。近いテーマを研究する3~4人の報告者がひとつのセッションを形成した。報告者の間での調整はなかったため、まとまりのないセッションもあれば、統一性のあるセッションもあった。
筆者は、ナチ体制崩壊後に国境移動とそれに伴う住民移動があった中、戦後の東ドイツとポーランドがいかにして関係を築こうとしたかということが目下の研究関心であるが、偶然集まった3人によって、ドイツ=ポーランド関係史のセッションが設けられた。戦後東ドイツを対象とした筆者に対し、ポーランドからの学生は西ドイツ、米国からのドイツ人学生は最近のことを報告し、テーマも使用言語(ドイツ語)も一貫性があった。

米国からの参加者が多かったが、そのほとんどは英語で研究報告を行った。とはいえ、非常に上手くドイツ語を操る彼らが語学力を理由にドイツ語での研究報告をためらう理由は見当たらない。おそらく言い換えによる労力を節約する意図や、研究は英語で発表するものだという信念によるものだと思われる。英国のオーガナイザー側もそのような認識を彼らと共有していたのか、会議は全体的に英語中心であった。報告者募集要項がドイツ語であったにも関わらず、その後の連絡は、こちらがドイツ語で質問したとしても、回答はすべて英語であり、丁寧にも「ドイツ語で報告してもよい」という注意事項まで知らせてくれた。実際、会議は最初から最後まで、いくつかのドイツ語だけのセッションを除くと英語で行われた。私は国際会議において英語の使用はやむをえないとの立場だが、DAAD主催のドイツ専門家の会議においてでさえも英語を用いることが暗黙の了解となっている事実に対し、学術言語としてのドイツ語の地位を守ろうとする立場の日本の先生方がどのように考えるだろうかと思いをめぐらせてしまった。

研究報告や講演の合間には、論文刊行の方法や就職のノウハウなどを盛り込んだワークショップも開催された。IGSのスタッフ(=バーミンガム大学の教員)が自身の体験を元に、論文のランキングや論文の審査、就職サイトの紹介や出願から面接までのコツなど、実践的な内容だった。もちろん日本で論文を書くことや就職することは想定されておらず、ここでもやはり英語圏のアカデミア中心の議論であったと言える。とはいえ、他の分野と違って、ドイツ関係のことを研究するとついドイツ以外の国に関することがおろそかとなりがちであり、日本と英国の学術界における慣行の違いを楽しむことができたよい機会であった。特に興味深く聞いた話は、博士課程の学生生活はワーカホリックであるということである。研究では厳しい競争にさらされ、授業も行う。会議の運営もしなければならず、休日もメール対応などをしなければならない。ゆえにワーカホリックであるとのことだ。筆者の周りを見てみると、特に人文系では、場合によってワーカホリックからは程遠くのんびりした研究生活を送る人もいる。たとえ忙しいと言っても、研究者生活としてのワーカホリックというよりは、学費や生活費の捻出など、他のことで忙しいということが多く見られるだろう。博士課程一年目の筆者はいまだ修士からの延長という気分でいたが、ワーカホリックとまではいかなくても、研究や授業、それに付随する仕事に打込まなければと改めて考えるよい機会だった。

会議を通して印象的だったことは、フェイス・トゥ・フェイスのネットワークの重要性とそのネットワークを構築することに多大な資金が費やされているということである。日本でもドイツでもDAADは奨学金を給付する機関とのイメージが一般的だろう。そのような機関や財団は日本にも海外にもさまざまあるが、ドイツの機関ではネットワーキング重視の姿勢が顕著に見られるように思われる。そこでは参加者同士のネットワークだけでなく、機関と参加者とのネットワークも重視される。筆者自身の数少ない経験を前提とした話であるが、このようなことは日本の機関ではあまり見られない。筆者はこれまで国内の機関から様々な奨学金やそれに類するものを受けることができたが、そこからネットワーキングに繋がるということはあまりない。担当者の顔もわからなければ、機関についても詳しく知らないこともある。自分のために研究し、期間の終了とともに関係もほぼ終了してしまう。DAADのように、研究者とDAAD、さらに研究者同士が継続的な関係が築ける仕組みをつくる努力は我々も見習うべきだろう。

なによりも驚いたことは、IGSのプロジェクトマネジメント能力の高さである。直前までIGSと何度も連絡をとったし、交通費の清算などでいろいろと無理を言ったが、つねに素早く最善の回答が返ってきた。昼食が冷えたサンドイッチとポテトチップスだったということを除けば申し分がなかった。大学の宿泊施設も、少なくとも私の部屋は快適だった。では次はDESKがホストとなったとしたら、同じことができるだろうか。この規模の会議には人手が必要だが、国際会議の企画やロジの経験がない学生がどこまで仕事をこなせるかなど、解決すべき課題は多い。DESKがこのような会議のホストとなるようなことがあれば筆者も協力するつもりでいる。

東ドイツ史を専門とする筆者にとって、独創的な東ドイツ研究を数多く発信するイギリスに行けることは大きなチャンスに思えた。実際、東ドイツ研究者に囲まれて研究報告することは日本ではあまりないことであり、非常に勉強になった。もちろん数日間でできることなどごくわずかではあるが、このきっかけがなければ、研究目的で近いうちにまたイギリスに来ようと思うことはなかっただろう。DESKならびに指導教員である石田勇治教授には、このような素晴らしい機会を与えていただき大変感謝している。最後に、一緒に参加することができた伊豆田氏にも感謝しなければならない。伊豆田氏の堂々とした報告、休憩中や夕食中も研究に対する熱意を周囲にぶつける姿勢は、大いに刺激を受けた。

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